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札幌地方裁判所 昭和46年(行ウ)21号 判決 1979年3月29日

原告

東井富夫

原告ら訴訟代理人

彦坂敏尚

外二名

被告

北海道営林局長

(当時札幌営林局長)

猪野曠

被告

恵庭営林署長

鈴木康之

被告ら指定代理人

上野至

外一二名

主文

一  被告北海道営林局長(昭和四五年十月五日当時札幌営林局長)が昭和四五年七月四日に別紙第一目録記載原告番号1ないし18の原告東井富男ら一八名に対して行なつた同目録処分欄記載の各懲戒処分は、いずれもこれを取消す。

二  被告恵庭営林署長が昭和四五年七月四日に別紙第二目録記載原告番号1ないし28、30ないし49の原告佐藤義雄ら四八名に対して行なつた同目録処分欄記載の各懲戒処分は、いずれもこれを取消す。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一原告由比輝雄が被告営林局長主張の頃退職した事実は、同原告において明らかに争わず、また弁論の全趣旨によつても争つていると認められないからこれを自白したものとみなす。しかしながら、同原告は本件懲戒処分がなければ有するはずであつた差額分の給料請求権等について救済を求めるためその前提として右懲戒処分の取消を求める利益があるというべきである。

二請求原因一1、2の事実(当事者)は、第一17、第二1、3、5、8、10、13ないし17、22の原告についての作業場所、第一14、17の原告についての作業内容が右原告ら主張のとおりであるかどうかの点を除き当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると右作業場所、作業内容は被告ら主張のとおりであるものと認められる。

三二の原告ら(編注――組合員五五名以下同)が昭和四五年四月三〇日始業開始時の午前七時三〇分から各職務を放棄して職場大会に参加したことは当事者間に争いがなく、右態様、職務放棄の時間が被告主張二3(一)のとおり(編注――一時間五〇分〜二時間五〇分)であること、一の原告ら(編注――組合委員長ら組合幹部一一名)が被告ら主張の組合役員の地位にあり、前記職務放棄に際し、被告ら主張二3(二)の役割(編注――本件争議行為の企画・指導)を果たしたことは、同原告らにおいて明らかに争わず、弁論の全趣旨によつても争つていると認められないからこれを自白したものとみなす。

次に請求原因二1の事実(本件懲戒処分の存在)、右各処分の理由は、二の原告らについては、同原告らのした前記職務放棄行為(以下本件争議行為という)は公労法第一七条一項に該たり、国公法第九六条、第九八条一項、第九九条、第一〇一条に違反する、また一の原告らについては、同原告らの前記所為は本件争議行為を企画して実施せしめあるいは指導したものでこの行為は公労法第一七条一項に該たり、国公法第九九条に違反するというものであること、以上の事実もまた各当事者間に争いがない。

四本件懲戒処分の適否についての請求原因四1ないし4の主張に対する判断はしばらくおき、先づ本件懲戒処分が処分権の濫用にあたるかどうかについて以下判断する。

五1(本件争議行為の背景)

(一)  請求原因三1(一)の事実(国有林野事業に従事する作業員の制度上の地位・構成)、同三1(二)、(三)の事実中常用、定期作業員の多くの雇用が事実上長期間続いているが制度上は臨時雇用であること、定期作業員については雇用、失業が反覆され、右作業員は失業期間中失業者の退職者名義で手当を受けていること、常用、定期作業員の賃金は定額日給や出来高給として支払われていること、右作業員の諸手当、年休等は定員内職員のそれらと差があること、は当事者間に争いがない。

右争いがない事実に、<証拠>によると、次の事実が認められる。

(二)  国有林野事業の職員は、管理部門(全職員の二五パーセント)のほか育林、製品生産(以上いずれも各二五パーセント)、種苗(九パーセント)、林道(七パーセント)、治山(二パーセント)の各事業部門に分れて勤務しているが、事業部門において管理普通職が二〇パーセント程度を占めるほかは、定員外職員がその大多数を占め(育林は全職員の79.65パーセント、製品生産57.14パーセント、種苗77.37パーセント、林道77.37パーセント、治山55.33パーセント―昭和四六年度の統計であるが同四五年度において割合はほとんど変らない)、常用、定期作業員がその中の多数であること、これら作業員の多くは伐木造材手、集材手、機械運転手などであつて、定員内技能職職員と同一態様の仕事をしており、常用、定期作業員(定員外職員)は数、内容からみて国有林事業における事業部門の基幹要員であるといえること、

ところで、国有林は背染山脈沿いの比較的奥地に存在し(標高六〇〇米以上四八パーセント、民有林は二二パーセント、傾斜度国有林一五〜三〇度三九パーセント、三〇度以上三五パーセント、民有林は前者四三パーセント、後者二六パーセント)、冬期間は積雪、寒気の厳しい箇処が多いこと、殊に伐木、集材等の作業に従事する作業員は奥の作業現場までチエンソーなどの重い作業用具を運んでこれらの作業(振動作業等)をすること、また山泊の必要がある箇処もあるなど、国有林野事業に従事する作業員の作業環境はかなり厳しいこと、

次に常用、定期作業員の賃金については、一般職の職員の給与に関する法律の適用は受けず、法令上の制限はあるが、協約、団体、交渉により決定され前記のとおり日給制(職種毎に格付賃金がきめられる)と出来高給制(作業別の単位作業あたりの賃金にその者の出来高量をかけてきめる)の併用で支払われているところ、常用、定期作業員の基準内平均賃金は定員内技能職員(月給制)の賃金に比べて低く(昭和四四年度で単販平均すると、常用作業員は月給制技能職職員の75.4パーセント、定期作業員はその71.3パーセント平均すると月給制職員の賃金の72.6パーセント)、右日給制作業員については定期昇給がないため右賃金の較差は年令が高くなるについて更に開くこと、もつともこれらの日給制作業員の賃金水準は、同種企業(道有林、民有林)の作業員の賃金水準を上廻るが、全産業の賃金水準と比較すると、その平均三〇―九九人規模の賃金水準をやゝ下廻る程度であつたこと、作業員が世帯主となつている世帯で生活扶助を受けているものもあつたこと(一〇確認で確認されている)、

(三)  国有林野事業における常用、定期作業員(定員外職員)の制度は、林野事業には季節的作業が多く、作業員のほとんどが地元で臨時採用されていたことから生み出されたものであつたが、その仕事内容は定員内技能職職員と同一態様のものであり、次第に勤務年数が長くなり、かつ専業的になつて来たため従前の意味はかなり失われたこと、しかも他の公共企業体では定員外職員の定員化が順調に行なわれているのに対し、国有林野事業では定員外職員は基幹要員的な存在であるのに前記処遇状態であつたため、これら定員外職員の雇用安定、これら職員を中心とする国有林事業作業員の処遇改善の要求が強くなされるに至つたこと、

(四)  全林野はかねてから林野庁に対し、これら定員外職員の雇用安定と定員内職員との較差是正などを含めた国有林作業員の処遇改善を求め、林野庁も右交渉に応じ団体交渉を重ねたこと、そうして両者間に昭和四一年に原告ら主張内容の通称三・二五確認、六・三〇確認がなされ、基幹要員であるこれら定員外職員の臨時雇用制度を抜本的にあらためるという基本姿勢が示されたこと、その後両者間に同四二年五月二四日、定員外(日給制)職員の賃金について、次の事項を含むいわゆる一〇確認がなされたこと、

(1)  日給制賃金は他産業の五〜二九人規模の賃金と同程度となつていること、単純平均では必ずしも平均賃金構成の諸条件の差異を示していない面もあるが、好ましいことではないので、他産業五〇〇人以上の規模の賃金水準を勢力目標として改善して行きたいこと。

(2)  また日給制職員と技能職月給制職員との賃金水準の比較は厳しいが、同種労働の職員の賃金水準が開くのは好ましくないので較差を縮めて行かなければならないと考えていること。

(3)  物価指数の手法(組合資料)によつて算出すると基準内賃金は下つていること、生計費調査(当局資料)によつて総理府調査の都市労働者世帯と日給制職員世帯とを比較すると、消費支出額からみて後者が低く、これは賃金改善をしなければならない要因と認められること。

(4)  春闘においてその定期昇給部分は賃上げでないが、属人的には定期昇給を含めた手取りがあることになるので、日給制職員の場合この点を勘案すべきこと。

(5)  生活扶助を受けている世帯があり、低額職種に多いことから右職種について底上げを配慮することを考えていること。

(五)国有林野に従事する作業員の処遇改善については以後徐々に進められ、原告主張の改善はなされたものの各種の制約もあり常用化、定員化の実現は容易でなかつたこと、

2(本件争議行為の目的・直接の経緯)

請求原因三3(一)ないし(三)の事実、被告主張(二)の事実は当事者間に争いがなく、右争いがない事実、前掲証拠によると、次の事実が認められ右認定を左右し得る証拠はない。

(一)  全林野は昭和四五年のいわゆる春闘において、大幅賃上げと賃金体系の改訂(日給制職員の賃金格差の解消)を重点目標にし、交渉を本格化して山場を作るため当局の態度によつてはストライキで抗議することを決め、被告ら主張の経過で争議行為を企画準備する一方組合員の意見を集約し、同年三月一四日に林野庁当局に対し月給制職員の賃金を月額一万三〇〇〇円、日給制職員の賃金を日額一一〇〇円上げるよう要求し、両者はこれらの事項を重点対象として一二回にわたり団体交渉をもつたこと、

林野庁は、賃上げの必要は認めながら、他の公共企業体の交渉を見守り有額回答をせずに全林野との交渉を重ねていたが、同年四月二七日に全林野に対し、経営実情を考慮し、かつ事業の合理化および経費節減をすべきことを前提として月給制職員について平均基準内賃金水準月額四七七七円、日給制職員について日額二〇八円上げる旨昨年の仲裁裁定額と同一の回答をしたこと、

(二)  当時全国消費者物価指数は同四五年一月の対前年比7.8パーセント、同年三月の対前年比8.3パーセント、農村消費者物価指数は同四五年一月の対前年比5.6パーセント各上昇しており、また同年四月二七日当時民間企業の賃上げ状況は私鉄交渉で七七〇〇円賃上げの回答をしていたほか、かなりのところで大幅賃上げの妥結ないし回答(一万円を越える組合一〇四二組合)がされていたこと、尚国有林野事業は昭和二二年から同四四年までは災害時を除いては黒字であり、林政協力事業費として利益金処分をしていた時期もあつたが、同四五年度以降は赤字になつたこと、

(三)  全林野は、林野庁の回答は民間企業の賃上げ状況も前記一〇確認も反映していないとして林野庁に対し再検討を求めると共に翌二八日、状勢が変らなければ同月三〇日ストライキに突入することをきめ札幌地本を通じ恵庭分会など拠点分会に本件争議行為突入への指令を出したこと、

(尚<証拠>によると、全林野は本件争議行為に際し、右経済的要求事項とあわせて安保廃棄という政治的要求事項も掲げていることが認められるけれども、右要求事項が本件争議行為の主目的でなく、争議行為の機会を利用して政治的意思ないし要求を表明しているにとどまるものと認められる。したがつて、本件争議行為がいわゆる政治ストであるとは認め難い。また前認定の経過に照らすと、全林野においてあらかじめ予定した争議計画を固執し、必要がない場合でもこれを実行するものであつたとは証拠上認められない)。

3(本件争議行為の規模、態様、影響)

<証拠>によると、次の事実が認められる。

(一) 全林野は同年四月三〇日午前七時三〇分から二の原告らを含む一四分会の組合員を本件争議行為に突入させたこと、林野庁は、同月二八日長官名で、また被告署長名で、同職員に対し争議行為をせぬよう警告すると共に、当日右署長は右原告らに職場大会を解散して職場につくよう命令を出したが、右原告らはこれに従わなかつたこと、

一方林野庁は同日午前七時になり全林野に対し、原告ら主張のとおり、スト中止を条件として1昨年を上廻つた民間の賃上げ動向を考慮する考えであり、調停においてもその考えで解決されるよう対処する2日給制賃金についても一〇確認を尊重し、かつ前述の方向に対処して誠意をもつて努力する旨の第二次回答をしたこと、全林野は時間的余裕もないまま本件争議行為に入つたが、それと併行して右回答を検討した結果、同日午前九時六分その中止を決定し、各争議中の分会に各地本を経て通知をしたこと、

二の原告らのうち第二26〜28、30〜49の原告ら二五名は恵庭苗畑事業所に勤務するいずれも女子定期作業員(育苗手)で、その頃は原告ら主張の苗畑作業に従事していたか、恵庭分会委員長第一12原告と共に苗畑構内の職場大会に参加したこと、その余の二の原告ら三一名は千歳製品生産事務所に勤務する常用作業員二五名、定員内職員(運転手)六名で、その頃は原告ら主張の伐木集材、丸太生産等の作業に従事していたが、山元工場の職場大会に参加したこと、また一の原告らは前認定のとおり全林野の指令に基づき、本件争議行為に関与したが、当日は専従役員を除き、それぞれ勤務していたこと、

(二)  二の原告らの職務放棄、一の原告らの企画指導はいずれも全林野の指令に基づき行なわれたものであるところ、右放棄は単純な職務不提供の形で行なわれ、その間暴力沙汰はなくまた就労する他の職員に対して妨害をしなかつたこと、本件職務放棄の時間は平均二時間五分程度であり、右原告らは前記中止命令を受けた後間もなく復帰し作業にかかつたのであつて、その後各作業計画の変更もなく、右時間程度の不就労による影響は皆無とはいえないまでも軽微であること(育苗作業は林業の中では時期的制約のある作業ではあるが、右適期は農業ほど短かくない、また国有林野事業の作業員は日曜、および雨天には就労しない)

(三)  本件争議行為当時、林野庁所管の国有林は、国土面積の六八パーセントを占める森林面積の三一パーセント(北海道においては森林面積の57.6パーセント)を占め、同庁所管の森林総蓄積量は我が国森林資源の四五パーセントを占めていること、国有林野事業は右森林を管理し、国土保全、水資源の涵養、国民の保健休養、その他大気浄化、自然保護などの公益的機能をになう一方木材を中心とする林産物の需給および価格安定などの経済的機能をあわせもち、独立採算制をとり、両機能を調和させながら長期的な計画のもとに作業をし、事業を発展させていること、しかしながら、右事業は各分野とも具体的工事のかなりの部分を民間事業に請負わせていること、原告らの多くは右民間企業の労務者同様末端の仕事をしているものであること、

(四)  全林野は翌五月一日調停を申請したが不調になり、仲裁に移行、同月一九日月給制賃金六八二六円、日給制賃金二九七円増額の仲裁裁定がされたこと、右裁定において、日給制作業員賃金と月給制職員との較差については、職務内容、雇用形態に差があり、賃金体系も異なるため必ずしも同一でなければならないとは考えないが、当面現在の較差を縮少する方向で措置することが妥当であるとされ、尚林野庁当局も数年来努力しているが、尚相当の開きがあり右開きを縮少したい考えであることを右仲裁段階でも明らかにしていること、

六以上認定の事実によつて認められる、本件争議行為の目的(前認定の国有林野事業に従事する職員殊に作業員に対する処遇を背景にして全林野が林野庁に対し、右職員の賃金引上げ、日給制職員の月給制職員との賃金較差の是正、またはそれらについての努力をすることを求めることを目的としたものであること)本件争議に至るまでの経緯、交渉経過、争議行為の態様(午前約二時間の単純な職務不提供で暴力沙汰、他の職員に対する妨害をしていないこと)争議行為の影響が軽微であること、国有林野事業は公共性のある事業ではあるが、かなりの部分を民間事業に肩代りをし、原告らは公務員であるが、その多くは賃金体系についても別個の扱いを受けている、右民間事業の作業員同様の末端の従業員であること、更に原告らがこれまで処分を受けたことは証拠上認められないことなど、これら諸般の事情を考慮すると、本件争議の規模を考慮に入れても尚本件各懲戒処分は酷に過ぎ、著しく妥当を欠くものというべきで、処分権の濫用になるものと認める。<以上省略>

(丹宗朝子 前川豪志 上原裕之)

別紙第一、二、三目録<省略>

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